開発好明《マウンテント》
ークショップを通して制作された作品や、現地滞在による作品制作が目立ったこともキャンプベルリンの特徴である。ワークショップとは、体現型レクチャーを通じ、参加者と一緒に作品を作りあげる手法であり、鑑賞者と作り手という分断された境界を壊す作用を持つ。
       

友枝望《民芸品移動》

また、滞在制作とはその名の通り、作家が特定の場所に滞在し制作することだが、美術史上、古くから行われていることである。例えば、ルネサンス期の宗教壁画は、作家を既存の建造物まで招致して、その場で制作されたものである。しかしここでの表現は、現地にこもって行う制作を単に示すのではなく、現場の状況や他者との接触を積極的に作品に取り入れ、変化を許容するスタイルを指す。それは制作のプロセスに操舵不能の不確定要素を取り入れ、それを楽しむ事を目的としているのだ。
 今回の展覧会では、現地で収集した廃材で会期を通して増築させていった作品や、会場設営の際に使用した部材と人材、そしてその労働の痕跡そのものを作品へと転用した表現もあった。また、ベルリンを活発にリサーチした結果がもたらした表現も少なくない。物理的移動や変貌を遂げる作品は、展覧会の流動性を体現するものとして直接的な効果をもたらした。会期中、作品の変化よって空間が常に新しいものとして生起し続けたのだ。その動的変化をもつ性質により、展覧会そのものが生物の代謝を思わせた。

作家紹介
エリック・アルブラス +
イレーネ・ペツーク


《ヴァンデルング(ハイキング)》
2008
280.0x400.0x40.0 cm
鉄骨構造、エンジン、車輪、タイマー、
バッテリー、木材、発砲スチロール、ペンキ
 エリック・アルブラスとイレーネ・ペツークは、会場を構成している壁を使って、動く彫刻作品を制作した。展覧会会場において作品から最も遠い存在とは会場自体である。彼らの作品においては、本来、作品を見せる為の入れ物である会場そのものが作品として提示される。
 白いL字型の壁は、会期の10日間をかけて展示空間の中央から隅へと動き続け、最終的に個室のような空間を形成する。かすかなモーター音と共に、毎時2.5 cmという肉眼では確認できないほどの低速で移動してゆく。
 制作に当たり、二人はまずMigrationの意味を辞書で引き、地理的、社会的空間における永続的な変化という解釈に着目した。会場の奥部に突如として表れる壁の圧倒的な存在感、壁の物理的な移動によって分断されるように出現した空間は、ここベルリンという都市の文脈において、ほんの十数年前にベルリンに存在していた社会状況を想起させる。
古堅太郎

《Untitled》
2008
281.0x270.0cm
合板、黒色顔料
 古堅太郎の作品は、一見すると汚れた合板が壁に立てかけられているだけである。しかし、細部までよく見てみると、その汚れのほとんどは、黒い顔料が塗布された指紋の跡であることが分かる。
 オープニングの1週間前、会場に集まった参加作家は、まず、展示用仮設壁の再利用の為に、大量の板材を会場に運び込んだ。運搬用の機材が無かったため、重い板材を人力で運ぶという大変な作業となった。合計40m以上の長さになる壁の製作は5日間にも及んだ。
 このような作業の痕跡は、本来なら、白い塗料の中に塗りこめられ、不可視のプロセスへと変換される。しかし、古堅は余った合板を使い、事件現場の検察官のように、その合板に隠された手形や指紋を丁寧に浮かび上がらせる。透明な存在であるべき展示用壁に潜む労働の痕跡を明るみに出しながら、テーマとの関連において、渡独した作家を外国人労働者、展示作業を労働にたとえ、移民を潜在的な犯罪者と見なす、社会的風潮を揶揄している。
入江早耶

《ソニー富士》
2008
14.8x10.0 cm、20.0x14.8 cm
往復はがき、半紙、プリントゴッコ
 入江早耶は、東西統一後のドイツ・ベルリンを象徴するポツダム広場を描いた風景版画を制作した。この作品は、葛飾北斎が各地の富士の景観を描いた《富嶽三十六景》(1831?33年)を想起させる。なぜならば、モチーフとなったソニーセンターのテント構造の屋根が、まさしく富士山に見立てられているからである。これは日本からの移民者が、移り住んだ国で祖国を懐かしみ、移住地の類似性を持つ山を「○○富士」と名付ける「郷土富士」の存在からきている。
 作家はベルリン滞在中に、見立ての構図を探し回って、大量のスケッチや版画を制作している。現地で制作されたその風景版画は鑑賞用の作品のみに留まらず、プリントゴッコで往復葉書に複写され、コミュニケーションを促すものとして展覧会場で販売された。
 多国籍都市として急速に変貌を遂げるベルリンにおいて、作家は日本人の遺伝子発現をこの作品で表現したと言えるだろう。
開発好明

《マウンテント》
2008
ワークショップ/インスタレーション
ミクストメディア
 薄暗いホールに、ひと際目立つ作品を出現させた開発好明。大規模なインスタレーション、路上パフォーマンス、協動型プロジェクト等を手がけてきた開発は今回、作品の制作過程をワークショップとして提示した。作業中の様子は、まるでキャンプ場でテントを協力して組み立てる家族のようであった。
 古材や古布で出来た六角錐のテントは下部のハニカム状の連結により、果てなく続く山々を連想させ、様々な模様の組み合わせが多彩な表情を見せていた。テントは通常、それ単体で1つの居住空間を形成するが、《マウンテント》には内部で繋がっている箇所があり、家族で訪れた子どもたちの格好の遊び場となっていた。
 テントに娯楽と軍隊の野営という対極の解釈があるように、一見、軽妙なタイトルは、ベルリン唯一の山、第二次世界大戦後の瓦礫で築いた「悪魔の山」の存在をも喚起させた。価値の両極性を内包する作品は、愉快なイメージを誘発すると同時に、未来は過去の記憶の上に立つという当然の事実を再認識させる表現となった。
友枝望

《民芸品移動》
2008
インスタレーション/サイズ可変
民芸:56.0x26.0x38.0 cm
民芸品(模型):5.0x2.5x3.5 cm
桐箱:38.0x56.0x32.0 cm
民芸品、民芸品(模型)、桐箱、
ドローイング A4紙、トレーシングペーパー
 ベルリンでは、都市のシンボルである熊を様々な場所で目にすることができ、熊にちなんだお土産も多数存在する。木彫熊の生産地である北海道は日本の最北端に位置し、ベルリンと気候も酷似している。木彫り熊は北海道の土産物として定着しているが、実際はスイス・ベルンの土産品をシミュレートし、冬の産業として取り入れられて現在に至ったものである。
 友枝望は会期を通して、展覧会場付近に掲げられたベルリンの州旗、及び、熊をモチーフにした土産物などのリサーチを行い、さらには展覧会中に観客や他のアーティストとの対話を繰り返しながら自らの作品の方向性を定めていった。そして遂には北海道の熊をベルリンの熊へと変貌させたのである。
 ベルリンに程近いベルン産の土産品が北海道を経由し、ベルリンにたどり着いた熊。その一連の「移動」のみならず、形態変化を遂げた姿には、より重層的な意味を含んだ「移住」を垣間見ることが出来る。