シフン製作所
《移動式お花見キット》
       

沖中志帆《エンドレス 0》

ャンプベルリンにおいて際立った特徴として挙げられるのが、プロジェクトにゆらぎをもたらしたライヴ・イヴェント型の表現ではなかっただろうか。ライヴ・イヴェント型の作品を出品した作家は、参加作家の5分の1を占め、その中には、一期一会のごとく期間中に一度だけイヴェントを催し、展示物としては何も残さない作家もいた。その場に立ち会えなければ、作品は他の参加者から伝え聞く以外にないのだ。また、通常は彫刻のようなオブジェを会場に展示しているが、制作者である作家と鑑賞者の出会いによって、オブジェが未知の体験へと導くための装置や舞台に変化する表現もあった。他には、儀式のように厳かで、繊細なパフォーマンスも行なわれた。瞬間瞬間で象徴的に生み出されては消えていく身振りや仕草は、いま・ここという一回性の生を強く印象づけていた。
 注目すべきは、このような動的な表現を見せた作家は、大半が日本人であり、鑑賞者として関わったのがドイツを主とした多国籍の人々である。それぞれの違う価値観が交差し、それぞれの社会が抱える問題や、文化様式の違いを顕在化させる一方で、感情の共有や共鳴を時として導き出すものであった。
 このようなイヴェントが、従来の物質的な美術表現とは異なったアプローチで、プロジェクトに軽快さと、表現の多様性を与えた。そもそも、展覧会としては異例の短期間(10日間)で行なわれた、キャンプベルリンの特殊性こそが、このライヴ・イヴェント型表現が展覧会の入れ子構造になっている事を再確認させた。

作家紹介
ヒロミ+シゲフジシロ

《Lovers' Ceremony "I am in your blue eyes"》
2008
サイズ可変
ヒロミ:ミクストメディア
シゲフジシロ:安全ピン、針金、ビーズ
 展覧会初日、ヒロミとシゲ フジシロは、性を超越した神の前で恋人達が永遠の愛を誓うパフォーマンスを開催した。ヒロミはスウェーデン人の恋人との間に、両国間の文化の相違による結婚観の差異を経験しており、それを基にして結婚の根源を探ると同時に、形骸化された結婚への批判を表現として展開させた。それはヒロミがベルリンに来る空港や飛行機内において、常にウエディングドレスを着ている不条理なドキュメント映像からも見てとれる。
 また、これまで安全ピンとビーズを用い、性の境界を問う作品を制作してきたフジシロは、キリストのように腰布だけをまとい、性を超越した「神」のような存在として2人の間に立った。色とりどりのビーズで制作された花々や蝶、そこに潜む蜘蛛といった、生と死を暗示する光背のようなものを身に付けていた。形式的な結婚式に、神という仮想の産物を持ち込んだフジシロの存在が、儀式を現実と虚構の狭間へと落とし込ませていた。
沖中志帆

《エンドレス 0》
2008
パフォーマンス
 沖中志帆は一日に3時間だけ、机に向かって一心に折鶴を折り続けた。そのセーラー服姿は、被爆で若くして亡くなった佐々木貞子(折鶴が平和の象徴となるきっかけを作った人物)をトレースしている。パフォーマンスに立ち会った観客は、作家が何をしているのか直ぐには解らなかっただろう。なぜなら、作家は幼少の平和教育より記憶に刻まれた「折鶴の折り方」を、手の動きだけで繰返し表現しているからだ。《エンドレス 0》のタイトル通り、この所作は残すものはいつまでも0のまま、物は全く残らない。
 紙は、幾重にも折畳まれる事で厚みを持ち、それが千、万と集合して圧倒的な物量に変わる。戦後、広島は世界中から送られてくる大量の折鶴を受け入れてきた。ベルリンが移民という問題を受け入れてきたように。
 我々は何かを受け入れることで、過去の帳尻を合わせてきたのだろうか。所作が慎ましければ慎ましい程、内包されたアイロニーは剥き出しになる。作家は生まれては消えてゆく折鶴に、流転し続ける歴史への示唆を込めた。
ダヴィッド・ポルツィン

《フェルテン |》
2008
210.0x300.0x560.0 cm
ミクストメディア
 約2×5mの敷地内に建設された宗教的な雰囲気が漂う白い建造物は、ダヴィッド・ポルツィン自身の聖地を象徴する物である。入り口では作家自ら門番となり、身分証明書を預けない限りその中に入ることは許されない。聖域に入る事ができるのは、作家によって選ばれた者に限定されている。ここで重要な事は、その判断基準は公にされていない事、このシステムが出入国を模していることである。異なる文化圏、国においては、常に異なる価値基準が存在し、それらは時に不条理であるが、移民/移住者は一方的に受け入れなければならない。
 聖域に中心にまつられているのは、小さな木の枝である。これは、作家が中東から実際に持ち帰った、モーゼの「燃える芝」の一部である。聖なる物にふさわしい背景であるが、実際には観光地化されたお土産としての性格も強い。聖なるものと俗なるものをアンビヴァレントに象徴する稀な素材である。
シフン製作所
《移動式お花見キット》
2008
250.0x200.0x200.0 cm
桜の木 250.0x180.0x180.0 cm
重箱 8.0x24.0x24.0 cm Box 50.0x70.0x30.0 cm
桜の造花、FRP、鉄、漆、金粉、インクジェットプリント、他
 竹原真二と世羅幸枝からなるユニット、シフン製作所は、「いつでもどこでも」お花見が行なえる《移動式お花見キット》を日本から携えてベルリン入りした。《移動式お花見キット》とは、プラスチック製の桜の木(組立て式)、総漆塗りの重箱、カラオケセット、レジャーシート、それらを収納するキャスター付き移動ケースからなる(ケースサイズは飛行機の預け荷物制限一杯の、3辺合計155cm設計である)。
 作家は、展覧会初日までに、作品を携えブランデンブルク門や、カイザー・ヴィルヘルム記念教会といった観光名所でお花見を敢行して、その模様を撮影し、キットと一緒に会場に展示した。会期中は、お花見行事のお約束をしっかりと踏襲して、土曜、日曜に観客を連れ立って公園に移動し、自ら調理した団子やおにぎりを片手にカラオケを熱唱した。
 お花見とは元来、「いつでもどこでも」ではなく、季節も場所も限られたはずのものだ。ベルリンの寒空下で、散る事の無い桜《移動式お花見キット》は、軽量化や小型化を武器に、世界に進出しようとする日本人の悲しくも愛らしい側面を象徴していた。
高橋知奈美

《あなたの、そしてあなたの為の食べ物》
2008
サイズ可変
ドイツで購入した食材および調味料
 高橋知奈美は、オープニングパーティーで、《あなたの、そしてあなたの為の食べ物》という立食形式のイヴェントを「提供」した。細長いテーブルに日本食とドイツ料理を対にして並べた計10種類の料理を、来場者に振る舞ったのである。赤い敷物の上に豊かな彩りを持つ料理は、両国の食を基本にしながらも、作家による創作料理と呼べるものであった。
「きな粉クッキーの上に羊羹」と「ジンジャー・クッキーの上にババロア」といったように、あえて東洋と西洋の食文化が持つ類似性を、見た目や食材によって引立たせている。類似性を誇張させながらも、作家は両国が長い歴史の中で独自に育んできた調理の仕方という差異を、それぞれの料理に残している。この背景には移民の増加や、輸送技術の発達に伴い、どこの国にいても母国の食材や調味料を手に入れることが出来るという画一化の波が、食文化の国境線を複雑にしている状況がある。しかし作品からは、それでも食のアイデンティティが消える事は無いと作家の強い思いが込められているように感じた。